幸せは誰が決める?
前大教会長様より聞かせて頂いた話でこのようなものがありました。
『人は九つの嫌なことがあっても、一つの良いことがあれば喜べる。でも九つの良いことがあっても一つの嫌なことがあると喜べない』という話でした。
確かにテレビを見ていると、貧しい国の子供たちは、こんなに豊かな国にいる私たちよりも素晴らしい笑顔を持っているなと感じることがあります。
幸せというものは、自分で決めるものだという事が分かりました。

当たり前に感謝
幸せを感じるのは有り難いなーと思うこと、感謝をすることが第一歩だと聞いたことがあります。
今、自分の周りにある当たり前の物に感謝できているのかと考えさせられます。
いつも食べるものがあること、毎日を元気に過ごせること、家族がいることなど色々と当たり前に思ってしまうものがありますが、例えば水についてはどうでしょうか?
日本では、蛇口をひねると簡単に安心安全に水をいただくことができます。
川や湖の水を浄化して各家庭に届くまでにどれだけの人が関わっていることでしょう。又世界中では未だに安全な水を手に入ることができない人も沢山います。
そしてこの身体についても同じことです。身体は自分の思うように使う事が出来ます。
しかし病気や怪我などをすると、その当たり前が無くなってしまいます。病気がひどくなると、学校や仕事に行けなくなり、生活のすべてが自分だけでなく周りまで巻き込んで、変わってしまいます。
この非常に有り難い当たり前が神様の働きだと教えていただきます。

人間だけではなく全ての生き物の身体が生きることを求めています。皮膚が破れればつなげようとし、心臓を動かし血液を循環させようとします。
それは赤ちゃんでも、意識の無い人でも寿命が来るまで必ず生きようとします。だから尊いのです。この有り難さを「かしものかりものの理」と教わっています。
日々を生かされていることに感謝して、どんな時も喜びの種だと考えて、喜んで学校生活を送ってくださいね。