もと大和小泉藩でお馬廻役をしていて、柔術や剣道にも相当腕に覚えのあった仲野秀信が、ある日おぢばへ帰って、教祖にお目にかかった時のこと、教祖は、
「仲野さん、あんたは世界で力強やと言われていなさるが、一つ、この手を放してごらん。」
と、仰せになって、仲野の両方の手首をお握りになった。仲野は、仰せられるままに、最初は少しずつ力を入れて、握られている自分の手を引いてみたが、なかなか離れない。そこで、今度は本気になって、満身の力を両の手にこめて、気合諸共ヤッと引き離そうとした。しかし、御高齢の教祖は、神色自若として、ビクともなさらない。
まだ壮年の仲野は、今は、顔を真っ赤にして、何んとかして引き離そうと、力限り、何度も、ヤッ、ヤッと試みたが、教祖は、依然としてニコニコなさっているだけで、何んの甲斐もない。
それのみか、驚いた事には、仲野が、力を入れて引っ張れば引っ張る程、だんだん自分の手首が堅く握り締められて、ついには手首がちぎれるような痛さをさえ覚えて来た。さすがの仲野も、ついに堪え切れなくなって、「どうも恐れ入りました。お放し願います。」と言って、お放し下さるよう願った。すると、教祖は、
「何も、謝らいでもよい。そっちで力をゆるめたら、神も力をゆるめる。そっちで力を入れたら、神も力を入れるのやで。この事は、今だけの事やない程に。」
と、仰せになって、静かに手をお放しになった。