10年ぐらい前のお話ですが、私にとって忘れられない言葉があります。身上を患いながらも元気に振る舞っていた義父である前会長さんとのひとコマです。
その日はめずらしく皆出払っていて、私と前会長さんだけで夕づとめをつとめました。
普段はそれほど二人で話をするようなことはなかったのですが、その日は夕づとめ後に前会長さんに「おさづけをさせてもらっていいですか?」とお声がけをして、おさづけのお取次ぎをさせていただきました。
お取次ぎのあと、前会長さんが「あんたにおさづけしてもらうのが一番うれしい。」と言ってくださいました。
その言葉に私は照れましたが、とてもうれしく、前会長さんらしいエールを送ってもらえたなと思いました。
“人をたすけてわが身たすかる”って、こういうことでもあるのかなぁと、つくづく思いました。
そしてもう一つ。
一昨年亡くなった長男から。
長男は今の医学ではむずかしい身上を発症し、3年の闘病生活を送りました。
どんなにきつい治療にも文句を言わず、常ににこにこしながら頑張ってくれていました。
奇跡が起きることを信じ、大教会長様をはじめ、たくさんの方におさづけを取り次いでいただき、何度も不思議な御守護をみせていただきました。
しかし、最後の一カ月ぐらいは意識もうすくなり、トイレの世話や痰の吸引など、目が離せないようになりました。
病院に泊り込んでいた私はつい補助ベットでウトウトする事が多くなりました。
ある夜、少しウトウトしていたら、長男のか細い手が、私の手をつかんで、自分の胸をなでるように動かしました。
あっ! 今夜はおさづけ取り次いでなかった。長男はおさづけの取り次ぎを大切に思ってくれていたんだ、つらい病気だけれども神様がずっと支えてくださっていたんだと、改めて教えてくれました。
長男が亡くなってしまったことは言葉にできないほど悲しいことですが、長男が教えてくれたおさづけを大切に、これからもお取次ぎをさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。
ひだまり